Jun 21, 2011

楽しい思い出の教習所

高校3年生の冬休みの運転免許を取るために教習所に通っていました。私を担当してくれた講師は、おしゃべり上手にしていつも楽しく教えてくれました。特に、冗談好きな先生で、当時とても率直な私は冗談か本気なのか区別がつかず、笑うになることもしばしばありました。担当講師に応じて、"とても難しく嫌い"と言う友人もいたが、その点は本当に運が良かったです。非常に快適な教習所の思い出です。
私は、自動車免許は普通教習所に通って取得しています。そんな私が知っている人、合宿免許自動車免許を取得した人がいます。合宿免許といえば、私はなぜか厳しいようなイメージがありましたが、その人の話によると、非常に和気あいあいとした雰囲気で、とても楽しかったということです。そして非常に短期間で免許を取得で​​きるため、非常にお勧めです。
 近畿日本鉄道は、東日本大震災の影響で鉄道車両のモーターに使う部品の調達が困難になるとして、南大阪線(大阪阿部野橋−橿原神宮前)など5路線の運転本数を減らす方向で検討していることが2日分かった。これらの路線はレール幅が狭く、主流である標準軌用(レール幅1435ミリ)の車両と融通が難しいためで、部品の在庫が切れる6月に実施される可能性がある。

 間引き運転となる可能性が大きいのは南大阪線と同線とつながる吉野線、道明寺線、長野線、御所線で、近鉄全線の約2割を占める。

 近鉄が保有する車両台数は特急型を含めて1952両。このうち大阪上本町から出ている大阪線や奈良線などの標準軌用は1696両ある。南大阪線などは1067ミリの狭軌タイプのため、「(標準軌用のままでは)レールの幅が異なる南大阪線などで運用ができない。部品の調達ができなければ、運転本数の確保が難しい」(同社幹部)という。

 具体的な本数の削減方法は検討中だが、乗客が少ない日中の時間帯、土曜・休日の早朝、深夜の時間帯が削減対象になるとみられる。

 調達困難な部品の「直流電動機ブラシ」は日立化成工業製で、出荷工場が福島第1原発事故の避難区域内にあり、操業再開のめどが立っていない。近鉄によると、日立化成工業製のブラシの在庫は1、2カ月あるという。

 保有車両のうち、日立化成工業製のブラシを使う車両が全体の3分の1にあたる約650両ある。

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【壁を超えて 新生パナソニック始動(中)】

 「最後やなぁ」。約2200人の株主と三洋電機社員の胸に、同じ思いが去来した。

 3月4日。パナソニックによる完全子会社化まで1カ月を切ったこの日、大阪市内で三洋電機の臨時株主総会が開かれた。

 質問に立った男性はこう憤りをあらわにした。「40年来の三洋ファンで、再生を心から期待していた。残念だ」。それは多くの株主に共通する無念の思いであり、三洋の佐野精一郎社長は「パナソニックグループの中で三洋の事業を発展させる」と理解を求めるしかなかった。

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 パナソニックは、1年間をかけて家電製品の「SANYO」ブランドを「Panasonic」に統一、来年4月には原則としてSANYOを消滅させる。電機業界では戦後かつてない規模の統合に向け、現場は動き出している。

 3月24日、大阪府守口市の三洋本社からわずか数百メートルのところにある三洋系列の販売店「中央電化チェーン守口店」。店を営む中央電化チェーン本部長の佐藤康司さん(48)は、看板の一部を「SANYO」から「Panasonic」に掛け替えた。

 ブランド統一に伴い、今年10月以降、全国に約1500ある三洋系列店は「パナソニックショップ」に順次切り替わる。佐藤さんの店もメーンの看板はパナソニックショップとしての本契約期間が始まる10月1日までに掛け替えるという。

 佐藤さんは「三洋とは父の代から50年以上の付き合いで、寂しい気持ちもあるが、パナソニックからは期待してもらっている。三洋と文化も違うし、早く慣れないと…」と気を引き締める。

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 「君らは否定されたわけやない。下を向くな」。佐藤さんは、店を訪れる三洋の若い担当者らに必ずこうハッパをかける。三洋社員を勇気づけているのは、同社が培ってきた高い技術力にほかならない。

 昨年11月に発売した家庭の米粒でパンを焼けるホームベーカリー「GOPAN(ゴパン)」は空前のブームを呼び、注文が殺到したため、予約受け付けを見合わせていたが、4月中の受注再開を目指している。

 三洋では米粒を細かく砕いてペースト状にする研究開発だけに約7年を費やした。商品サイクルが年々短くなる家電分野では異例の長さだが、ゴパンの開発担当者を励ましたのは「妥協するな。食卓革命を起こすんだ」という上司や先輩の言葉だった。

 ある男性社員はこう胸を張った。「本当に良い商品を提供するためにとことんまでやる。それが三洋の伝統なんです」。今後はこの三洋のDNAをパナソニックの力にできるかが試される。

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