Apr 08, 2010

ホームページ制作とレンタルサーバー

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 ◇まかない料理が発祥とも 全国コン優勝で人気上昇中
 なるほドリ 北九州市の「焼きカレー」がおいしいって聞いたよ。
 記者 門司区のお店が力を入れているカレーですね。「門司港発祥 焼きカレー」と呼ばれています。焼くことで香ばしくなり、チーズや卵のトロトロした味わいが魅力です。5月に開かれた「よこすかカレーフェスティバル2011」のご当地カレーコンテストで、開催地・神奈川県横須賀市の軍艦カレーや宮城県岩沼市の牛たんカレーなど全国の約20チームに大差を付けて総合グランプリに輝きました。がぜん注目が高まってます。
 Q すごいね!!! でも、どうして焼いたのかな。
 A 海外貿易で大きく栄えた門司港は、洋食が楽しめるお店がたくさんありました。昭和30年代、喫茶店が余ったカレーをグラタン風にオーブンで焼いたそうです。まかない用だったのですが、とてもおいしかったので、お客さんに出すようになった−−という逸話が残っています。
 Q それが広がったんだね。昔は、名前を聞かなかったけど。
 A 7年ほど前、地元団体が観光や街おこしの起爆剤として売り出したのがきっかけです。マップを作る活動からスタートし、B級グルメブームや焼きカレーのとりこになった芸能人がテレビで紹介した追い風も受けて、知名度が上がりました。「門司港グルメ会」の焼きカレー部門で委員長を務める佐藤裕史さん(48)は「年々人気が高まってたくさんのお客さんに来てもらっています」と話していましたよ。
 Q 食べられるお店はいっぱいあるのかな。
 A 門司港レトロ地区には30店以上あります。土日は行列ができるほどにぎわっていますよ。地元名物のフグの空揚げをトッピングしたり、バナナをルーに使ってフルーティーな味にしたりと、各店自慢の味が楽しめます。
 Q もう我慢できない。食べに行くよ!
 A ちょうど7月15日までのフェアを開催中です。3軒のお店でハーフサイズの焼きカレーを楽しめる「食べあるきチケット」(1500円)が人気ですよ。問い合わせは門司港グルメ会事務局(093・321・4151)です。お店をはしごして、食べ歩きを楽しんで下さいね。【回答・銭場裕司】
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〔福岡都市圏版〕

6月12日朝刊

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 次世代が同じ過ちを繰り返さないための、未来への伝言−−。東日本大震災直後から被災地の取材を続けている報道写真家、野田雅也さん(36)=神奈川県在住=の写真展が、久留米市諏訪野町のえーるピア久留米2階ギャラリーで開かれている。14日午後7時まで。無料。【上村里花】
 がれきの街の中を母を捜す中学生や、避難所で家族の名前を探す老人、煙を上げ続ける福島第1原子力発電所など、被災後の現地の様子を切り取った写真のほか、10年以上通い続けるチベットで撮影した人々の写真など約60点を展示している。
 野田さんは久留米市出身。福岡大在学中から、バックパックを背負い、カメラ片手に世界中を回ってきた。会場入り口には、チベットで撮影した一枚の写真が展示してある。野田さんの「原点」となった写真だ。
 01年、野田さんはチベットで斜面一面を埋め尽くす僧坊、ラルン・ガル寺と出会う。「この場所に来るために今までさまよっていたのではないか」というほどひかれた。そこでは僧侶8000人が仏教を学んでいた。それから半年後。僧坊はダイナマイトで跡形もなく破壊された。そのことを知った野田さんは、文化や風景の美しさだけでチベットを見ていた自分に気づき、虐げられている人々が存在する現実に目を見開かされたという。
 「カメラの持つ時代の記録性に気づくと同時に、寺院の最後を記録した責任を感じ、チベットに通い続けることになった」と振り返る。そうして撮影された写真には、祈りをささげる老人、ヤクとともに高原で生きる人々、生き様を問うような遊牧民の少女の瞳など、チベットで信仰とともに生きる人々の姿が映し出されている。
 今年3月11日。野田さんは仕事で東京に居て、地震に遭遇。翌日には岩手県に入った。その後、福島第1原子力発電所の事故を受け、福島県へ。そこで目にした現実は「政府や東京電力が発表していたものとは全く違った。正確な情報が迅速に流されなかったせいで、数多くの人がしなくていい被ばくをした」と憤る。計画的避難区域に指定されながら、避難先が無いためにいまだに多くの人が暮らす同県飯舘村に通い、酪農家に密着取材を続けている。「原発周辺では事態はますます悪化している」と野田さん。未曽有の人災を前に、歴史の証言として記録し続けることに使命を感じているという。野田さんは12日から再び福島に撮影に入る。
 問い合わせは写真展実行委090・8417・4868。
〔筑後版〕

6月12日朝刊

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